2007年04月26日

石原vs東国原。

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 石原慎太郎が脚本&製作総指揮「俺は、君のためにこそ死ににいく」
 (ヤフー映画ニュース
 
 第2次大戦末期、“特攻の母”と呼ばれ、若き特攻隊員から慕われた故・鳥濱トメさんの視点で、特攻隊員たちの真実を描く戦争群像劇「俺は、君のためにこそ死ににいく」が、このほど完成した。3月2日、都内の新高輪ホテルにて「『俺は、君のためにこそ死ににいく』を成功させる会」が開かれ、本作の製作総指揮・脚本を務めた石原慎太郎都知事、新城卓監督、主演の岸惠子、徳重聡、窪塚洋介が記者会見を行った。

 陸軍特攻基地がある鹿児島・知覧で、軍指定の定食屋を営んでいたトメさんは、そこで多くの特攻兵の最期を見送った。そんな彼女と長年親交を深めてきた石原都知事が脚本を執筆。「この映画を“特攻隊賛歌”にするつもりはない。これは美しく悲しい青春映画であり反戦映画だ。今、世界で起きている自爆テロと特攻隊は、全く理想の違うものだと知ってほしい」と怪気炎。アカデミー作品賞候補にもなった「硫黄島からの手紙」を引き合いに出して、「ライバルになると思って見たけど、あの映画よりずっとましだね。米軍の焦燥感もなく、島のどこで戦っているのか分からなかった」とバッサリ斬り捨てた。メガホンを取った新城監督は、「この映画は石原慎太郎なしには出来なかった。企画してから約10年かかっているので、作品にかける想いは半端じゃない」と、共に作り上げた石原都知事を讃え、本作にかけた意気込みを語った。
 トメさんを演じた岸は、自身が幼いときに経験した横浜大空襲のエピソードを披露し、「トメさんの想いを自分なりに深く受け止めて演じた」と真摯に語る。特攻隊員を演じた徳重と窪塚も、「実際に特攻を体験した人から教えてもらったことを、僕たち役者がずっと語り継いでいくことが使命」(徳重)、「僕らの世代は平和ボケしているが、戦争で亡くなった人たちの上にこの平和があることを忘れてはいけない」(窪塚)と戦死者たちへの敬意を表した。「俺は、君のためにこそ死ににいく」は5月12日公開。
 

http://www.chiran1945.jp/「俺は、君のためにこそ死ににいく」オフィシャルサイト </a>
[ 3月6日22時16分 更新 ] 

 
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 *昨日昼の番組でhttp://www.rank-10.com/rank10super/pc/index.html山本晋也監督が三期目を迎えた石原知事にインタヴューしていて、本音かどうか、なかなか興味深い内容を聞き出していた。


 センキョでは浅野さんをまるで子供扱いした圧勝振りの石原知事だったが、浅野元宮城県知事だって相手が他の人だったら誰であっても大方勝てたであろう筈の有力候補だったのである。

 
 この石原という人は政治的主張こそ極右で鼻持ちならないが、私はそれを除けば結構好感を持っている。w
 この人が特攻隊の映画を作って5月12日から公開されるというのだがこれが今の若い人たちに受けるかどうかは疑問らしい。聞き上手の山本監督などはこれを「反戦映画」だと断定して水を向けたが、石原さんは「反戦映画というよりも戦争はむごいものだ」と普遍化して答え、劇中でも或る特攻隊員に「自分は志願するのではなく、強制されて死にに行くのだ」と言わせている。
 

 「人生」を「情熱を演じる劇場」と定義づける彼は「今の若い人たちをちっとも羨ましいと思わない」そうである。「去り際自分で自分に拍手出来たらそれでいいのではないか」とも言っていた。
 「もっと情熱を持って本気で生きてみろ!」と若者には言いたいらしい。
 私も含めて、老人は皆そう言うのである。

 
 「右傾化」していると言われる今の若者たちがいったいこぞってこの映画を見るのかどうか、そしてもし仮に多くの若者たちがこれを見たとして、彼らがどういう反応を示すのかということなども含めて、これは連休明けのなかなか興味深い問題である。
 
 *彼が国民新党の亀井さんらを率いて「石原新党」を立ち上げたら面白いという議論が再燃したというが本人は都知事としての最後の四年間をご自分の政治生活の締めくくりと考えているようだ。
 

 *そう言えば最近、そのまんま東知事との論争も話題になった。
  

  *以下が論争のきっかけとなった「そのまんま日記04/09」である。↓
 
  電波知事の憂都 (04月09日 20時16分)
 

 7日(土)羽田から新橋まで国道15号を走った。途中、実に多くの方々に声を掛けられた。実に多くの人々に「頑張って〜!」「応援しているからね〜!」「東京を頼むね〜!」まるで僕が選挙に出ているみたいだった。
 
 そんな中、何と、桑マンと偶然遭遇。桑マンは家族と車に乗っていた。
 
 走りながら、東京都知事選最終日の雰囲気を肌で感じた。
空気感で投票率は上がると感じた。石原氏が当選することは鼻から予想していた。問題はどれくらいの勝ち方をするか?だった。
 
 桜金造さんやドクター中松氏のポスターも拝見。やっぱ、東京は面白い。多くの鬼才・奇才の終結地である。
 
 夜、I秘書官と食事会。
 
 8日(昼)お台場から東京駅(八重洲グローバル)まで走った。途中、有明にある2016年東京オリンピック選手村建設予定地を通った。お台場から晴海通り、そこに今の東京が存在した。
 一体、東京はどこに行くのだろう?行きたいのだろう?
 
 東京は、結局、マニフェスト不在選挙だった。「マニフェストの壊死」。東京のある種なその圧倒と後退、「実は保守の素顔」、その真実をあっさり露呈した。そんなことは百も承知だったが。改めて認識させられた。
 ドリームのある都市はいつでもどこでも保守的である。保守的であることが「夢」や可能性を際立たせる。
 それを彼は知っている。
 
 東京に「革命」「改革」の機運はまだまだ起こらない。起こるための決定的でかつ現実的なファクターが薄い。いや、多数の人々が薄いと感じている。いや、気付いてないのだ。もしかすると気付きたくないのかも知れない。気付きたくない人が都会に集中してくるのかも知れない。
 
 「革命」より「夢」や「可能性」が優先される。「夢」と「可能性」を信じるために保守であり続けなければならない街――東京。
 「改革」に気付きたくない都市、東京。
 保守であることによって理想と「夢」を、実際に「夢」が存在することを演出した街。ある意味、それが人々の理想であることが皮肉な現実である。
 
 選挙は、ときに、社会とその社会に暮らす人々とそれらの正体・実体を浮き彫りにする。逆に言えば、それらへの先見が選挙を制する企てと言えよう。
 
 東京は創造(変化)を一旦拒否した。東京の傲慢は復活した。これで暫く、東京は変わらない。日本も変わらない。それが是であるか非であるか?その検証も当面封印された。
 

 cf.http://www.sonomanmahigashi.net/そのまんま東オフィシャルサイト
 
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 *私は「保守が夢をはぐぐむ」等東知事のこのご意見には基本的に不同意だが、浅野さんが言っているように発言したこと自体には敬意を表したいと思う。知事同士で種々論争が始まるのは歓迎していいと思う。
 
  石原知事は自分が傲慢であると指摘されたかのように受け取って反論してらしたが、東知事が言いたかったのは「東京への一極集中=東京vs地方」の問題だろう。
posted by しっとりくん at 13:51| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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